電気通信研究所 深見・金井研究室

深見俊輔

[本務]
東北大学 電気通信研究所

[兼務]
東北大学 先端スピントロニクス研究開発センター
東北大学 国際集積エレクトロニクス研究開発センター
東北大学 材料科学高等研究所
東北大学 工学研究科

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これから研究室を選ぶ方への深見からのメッセージ

 ここでは私が研究室を主宰するにあたっての研究室内での研究や教育に対する考え方や、それに基づく研究室の運営方針について普段意識していることを記しておきたいと思います。特にこれから研究室を選ぶ学部生の皆さんや、編入学を考えている学生さん、あるいは当研究室での研究職・教職に就くことに興味のある方々に読んでもらうことを想定しています。

 

【当研究室が扱う研究テーマについて】

 当研究室は、当然ながら研究室名になっている「スピントロニクス」に関連した研究をしているのですが、「スピントロニクス」には純粋に自然の摂理を追求するような理学的な研究テーマから、社会課題の解決を明確に意識した工学的なテーマまで様々なものがあり得ます。前者は例えば電子のスピンと物質の相互作用に起因した物理現象を明らかにすることに注力するような研究であり、後者は例えば社会が求める電力効率の高いデバイスを開発して省エネ性や利便性に優れた情報社会の実現に貢献することを目指すような研究です。これらに優劣は無く、また相反するものでもなく、両立が可能と考えています。

 私が研究室で取り組む研究テーマを設定して研究を進めていく上で意識していることを下図に示しました。私は理学的な価値と工学的な価値を研究室全体として常にバランスよく追及していきたいと考えており、必ずこの両面で意義のある研究テーマを設定しています。実際に研究室ではどちらかと言うとサイエンスを指向したテーマ(図の右の方)から産業利用を強く意識したテーマ(図の上の方)までを幅広く意識的に遂行していますが、私が頭の中で産業利用に至るロードマップを描けないテーマは行いませんし、またサイエンスとしての挑戦しがいのある「問い」が明確ではないテーマも行いません。

 このような方針で多様なテーマを推進している主な理由は、理学的な価値の追求から工学的有用性の高い技術が創出されたり、逆に工学的価値を追求していたテーマから学術的に意義の深い知見が得られたり、あるいは複数の研究が合流して理学的にも工学的にも重要な新たな可能性が出現することが往々にしてあり、このような新展開を世界に先駆けて開拓することを期待しているからです。実際に思いもしなかった展開は毎年のように生み出されており、これがこの研究室の研究の醍醐味の一つです。またこのような多面的な価値を意識して多様な研究を推進することは、研究室のメンバーの成長に繋がるとも考えています。

 そしてもう一つ、研究テーマを設定する際に大事にしていることがあります。それは、ワクワクする要素があるか、その重要性を熱く語れるか、ということです。大きなインパクトを期待できる研究を進めるのは楽しいですが大変です。なので、その先にある景色を想像してワクワクできるか、それを私が魅力的に語れるものであるか、自問自答しながらテーマを考えるようにしています。

 なお、当研究室では全員が何らかの形でスピントロニクスに関する研究を行いますが、スピントロニクスは教育的観点ではただの題材に過ぎません。ここで、スピントロニクスは程よく成熟して程よく未熟であり、また社会的な期待も高い分野であり、この後述べる各課程での教育目的を達成する上でとても優れた題材です。加えてスピントロニクス研究を極めると、そこで習得した考え方や根底にある物理的な仕組みの多くは他の領域でも共通して出現しますし、そこで培った試料作製、測定、解析などの技能の多くは他の領域でも必ず生かされるので、何らかの形で皆さんの将来の役に立つはずです。なので縁あってこの研究室で研究に従事することになったら、自分は「スピントロニクスで生きていくつもりはないから」などとは考えず、まずは研究に前向きに取り組んでもらえたらと思います。

 

【研究を通した教育に関する基本的な考え方】

 研究室では、学士課程(学部)、博士前期(修士)課程、博士後期課程の学生さんに対して研究を通した教育を行っています。それぞれの課程で身に付けてもらいたい能力は異なっており、それに応じて教育の実態も変わります。以下、大まかにその内容をまとめます。

1.学部4年生(学士課程)

 学部4年生は3年生までの座学が終わり、初めて研究に従事するわけなので、まずは基本技能を習得しながら「研究の何たるか」を体得してもらいます。おそらくどこの大学でも3年生までで「学生実験」という必修科目があります。ここでは例えば素電荷が-1.602×10-19クーロンであることを「確認」したり、金属と半導体では抵抗の温度依存性が異なることを「確認」したりします。学部3年生までの学生実験と4年生以降の研究の決定的な違いは、「確認」であるかどうかという点です。これは非常に大きな違いです。学生実験で、銅の抵抗が温度を上げたときに減少したら間違いなく何かがおかしいので測り直します。一方、卒業研究は誰もやったことのない研究を行うので、開始時点で何が正しいか誰も知りません。研究を進めることで結果が出ますが、その結果の信頼性まで含めて責任を持って示し、信頼できるのであればそれは何を示唆しているのか、を考える必要があり、これは学生実験とは比べ物にならないほど大変な作業です。これが「研究の何たるか」であり、これを体得してもらえればOKです。これがこの先何らかの形で生産的な活動に従事していくためのトレーニングの第一歩です。

 なお、もちろん未知の課題に取り組みますが、実際にはそれまでの知見の蓄積をもとに比較的見通しの良い課題を設定し、きちんとレールを敷き、先輩学生に手取り足取り教わりながら取り組んでもらうので、過度に心配する必要はありません。

2.修士課程(博士前期課程)

 修士課程で習得を目指す能力を一言で表すと「課題解決能力」です。要するに、未知の課題に対して正しくアプローチし、得られた結果を適切に他者と共有する能力を培います。従って、こちらで課題を与えておおよその方針は示しますが、具体的な進め方は主体的に考えてもらう必要があります。これは、私のこれまでの経験から、修士課程修了後に社会に出る学生が、社会で活躍していく上で(≒社会に使ってもらう上で)、このような能力が求められると考えているためです。

 学部4年生の研究のレールは教員側が敷くのに対し、修士課程の学生にはおおよその目的地は示しますが、途切れのないレールを敷くことはありません。これまた大きな違いです。研究の進捗状況は2週間に1回くらいのペースで研究室の全体ミーティングで確認しますので、主体的に研究を進めた結果としてAルートとBルートで迷っている場合には自分の経験をもとに助言しますし、論理的におかしなルートを進んでいると感じた場合は指摘します。これを通して、未知の課題に自力で取り組み、(その重要性はさておき)人類初の知見を確立してもらいたいと思っています。なお、得られた成果の重要性は問いません。不確かな研究に取り組み、2年弱で確実に重要な成果を上げるのは無理があるためです。

3.博士課程(博士後期課程)

 修士課程の目標が「課題解決能力」であったのに対して、博士課程では新たに「課題発見能力」が目標に加わります。なので学術課題、社会課題を発見して研究テーマに落とし込み、自ら計画を立てて自走していくことを求めます。加えて、学術会議や論文で成果を分かりやすく発信する力、国内外の同業者との交流を通してコミュニティーを作って新たな展開を切り拓く力も培えるようサポートします。平たく言うと、一本立ちした研究開発者を養成するのが博士課程の目標であり、博士学位取得後は教職に就いて学生の研究指導を行ったり、企業にて社会に資する(≒社会を動かす)技術提案をしたり、研究開発資金を自力で獲得できるような能力を培うことが目標となります。

 もちろん課題を発見してテーマに落とし込む過程では、丁寧な議論をします。また、深見研でできることには限界がありますが、外部の研究者と共同研究を行うことでより大きく研究を発展させられる場合は、実際に海外を含めて外部の研究機関に一定期間滞在して研究してもらうことも多々あります(もっと言うと、研究室内で博士課程の研究が完結したことはほぼありません)。論文発表に向けた原稿執筆や査読対応、学術会議での発表の準備では、私の経験に基づいて、効果的と考える手法をなるべく丁寧に伝えます。

 なお、修士課程の早い段階で既に博士後期課程への進学の意思が硬い学生に対しては、2年+3年ではなく5年一貫として計画を立てます。この場合、修士課程ではまずはある程度見通しの良い研究に取り組んでもらい、早い段階で学術会議や論文誌で成果を発表できるよう配慮します。これは、そうすることで様々な舞台で国内外の研究者と交流する機会を多く提供でき、また博士課程において挑戦的な研究に腰を据えて取り組む上でも有利になるためです。

 

【研究室を運営する上で大事にしている考え方】

 深見研究室は2018年4月に、前任の大野英男先生が総長に就任されるに伴って誕生しました。私が大野研に在籍していた当時、大野先生からは大変多くのことを教わりましたが、ここではその中で私が研究室を引き継ぐにあたって特に重要視しているポリシーを3つほど記しておきます。

1.実験結果を大切に

 実験研究が理論研究よりも偉いという意味では全くありません。ここで言いたいのは、きちんとした手続きを経て得られた実験結果はそれ自体が尊く、きちんと向き合おう(それを説明することは第一優先ではない)ということです。よく「既存の理論は万能で、それで説明できない実験結果は間違っている」と考える学生がいますが、これは明らかな誤りで、科学が進歩する機会を逸します。新境地を切り拓くような研究においては、起こるべきと思っていたことが起こらない(あるいはその逆)ことは普通なので、十分に信頼性、統計性のある実験結果なら、きちんとそれに向き合うことが大事です。

 そしてここで重要となるのが、数字を正しく扱う姿勢です。なので私は、有効数字や誤差の取り扱い、実験結果の表現の仕方については、結構うるさく言います。有効数字や誤差範囲こそが科学が進歩する過程での重要な情報であり、それに基づき結果を正しく表現することこそが科学が進歩するための基本と考えているからです。

2.直感的なイメージを

 物理では現象を抽象化して数式で体系的に理解するための様々な概念が提案され使用されていますが、その中には直感的にはやや理解しづらい(と少なくとも私には感じられる)ものも多くあります。例えば「波数空間」などは決して簡単ではないと思います。このような概念や数式表現の意義を否定するつもりは毛頭ありませんが、私はそれよりも直感的なイメージを持つことの方が遥かに重要であると思っています。これは、根拠はありませんが、直感的なイメージこそが新たな着想、発見へと導いてくれると経験的に感じているためです。アインシュタインは「6歳の子供に説明できないのであれば理解したとは言えない」と言ったそうです。概ねこれは真実だと思います。6歳の子供は遊びを通して既に多くの感覚が養われているためです。なので、私はなるべく直感的に分かるような漫画的な表現で現象を理解するよう心掛けており、研究室のメンバーにも直感的な描像を大事にしてもらいたいと思っています。

3.国際標準

 これについてはあまり説明の必要はありませんが、当研究室の卒業生には、国際的な舞台で物怖じすることなく活躍してもらいたいと思っており、そのために研究室のメンバー構成は常に国際色豊かにしておくことを心掛けていますし、海外のトップ研究機関との共同研究や、海外のトップ研究者を招待した国際ワークショップの開催なども積極的に行っています。また海外に渡航して国際会議で研究成果を発表する機会も積極的に提供しています(ちなみに2023年10月に米国テキサス州で開催される国際会議には、当研究室からは6名の学生が参加予定です)。ほぼ日本人だけの環境に身を置き社会に出る人と、学生時代に多くの国際的な経験をして社会に出る人では、その後の人生に決定的な差が出ると確信しているためです。

 研究室内のミーティングで用いるスライドは基本的には英語で作ってもらっており、今年度からは学生からの提案を受け、博士後期課程以上のメンバーには、研究の進捗は英語で報告してもらっています。また、博士後期課程の学生の大部分は課程在籍中に数か月の海外留学をしています。2018年以降に当研究室の学生が1カ月以上滞在した海外研究機関を列挙すると、スピンテック研究所(フランス)、ロレーヌ大学(フランス)、ミュンヘン工科大学(ドイツ)、アルゴンヌ国立研究所(アメリカ)、ヨハネスグーテンベルク大学マインツ校(ドイツ)、マサチューセッツ工科大学(アメリカ)、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(アメリカ)などがあります。

 このようなことを書くと、少々委縮してしまう人も多いかもしれませんが、これについては心配することはありません。多くの学生が研究室在籍期間を通して英語コミュニケーション力を格段に上達させています。また、海外の文化に触れたり、不思議な味のする食べ物、飲み物を食べたり飲んだりするのはとても楽しいものです。

 

【当研究室の研究の基礎となる授業科目】

 当研究室で行う研究は、主には電磁気学、統計力学、量子力学、物性物理学が基礎となるので、この辺りの知識が備わっていることが望ましいです。と言っても、入ってくる段階ではさほど高度な知識は不要で、例えばマクスウェル方程式、ボルツマン分布、トンネル効果、エネルギーバンドなどのキーワードがある程度正確に説明できればまずは十分で、研究を通してその先の理解がより深まるはずです。あと磁気工学も用いますが、これは入ってからの勉強で全く問題ありません。また研究を進めるにあたっては、プログラミングは避けて通れませんが、これは必要性に迫られれば何とかなります。同様に先述の通り英語も必須ですが、これもやる気があればどうとでもなります。正直なところ、私自身プログラミングと英語はどちらかというと苦手でした。

 要するに、基礎的な知識という観点では、電気・電子・物理系で3年生までで習う基本科目が一通り修得できていればまずは十分です。それよりも、手を動かすことが好きで、学術の最前線を開拓したい、未来の情報社会に役立つ技術を創出したい、そのために不確かな研究にチャレンジしたい、という前向きな気持ちがあることの方がはるかに重要です。

 

【現在進めている具体的な研究テーマ】

 抽象的な話、精神論的な話が中心になりましたが、最後にここ最近重点的に進めている具体的な研究内容について、表題と一言コメントで紹介していきたいと思います。またプレスリリース(重要な研究成果が得られた際にマスコミ向けに成果のポイントを説明する資料)へのリンクを付けますので、より詳しく知りたい方はそちらをご覧ください。

 強調しておきたいのは、これらの成果はその大部分が学生が主体的に考え、手を動かして得たものであることと、それぞれの研究テーマが独立に存在しているのではなく密接に関連し合っており、メンバーが協力し合うことで初めて得られたものであることです。

 

  • ● 不揮発性スピントロニクスメモリ(MRAM)向け材料・素子

 経済安全保障の根幹とも言われ、これからの社会で重要性が増す半導体の高性能化、低消費電力化に向けた材料・素子の開発です。この分野は深見研の前身の大野研時代から世界を牽引する先駆的業績を上げ、今も2030~2040年に確実に必要とされるであろう技術の開発に取り組んでいます。

 【参考プレスリリース】

 

  • ● 確率論的(P)コンピューターの開発、及び関連した物理的機構の解明

 現在用いられている「決定論的」なコンピューターが苦手とする問題を効率的に解くことのできる、従来コンピューターとは対極に位置する「確率論的」なコンピューターの実現に向けたスピントロニクス素子の開発と、スピントロニクス素子の確率的振る舞いを支配する物理的機構の解明に取り組んでいます。なお本研究はカリフォルニア大学サンタバーバラ校、パデュー大学(いずれもアメリカ)と密接に連携して進めています。

【参考プレスリリース】

 

  • ● 脳型コンピューターの実現に向けたスピントロニクス素子の開発

 人間の脳は限られたリソースで超高度な情報処理を行っておりコンピューターの究極の姿と見なすことができます。スピントロニクスの原理に基づく素子で脳を構成するニューロンやシナプスを模擬し、究極のコンピューターを実現するための技術開発に取り組んでいます。本研究は、電気通信研究所の佐藤研究室、堀尾研究室、及びヨーテボリ大学(スウェーデン)と密接に連携して進めています。

【参考プレスリリース】

  

  • ● 量子技術(計算、通信、センサ)向けスピントロニクス材料の開発

 量子コンピューターもまた、現行の情報処理の限界を打破する革新技術として期待されています。GoogleやIBMが超伝導量子ビットを用いて100ビット程度のコンピューターを実現していますが、超大規模(例えば100万ビット)のコンピューターを実現するためには、量子ビットの実現方法のレベルで見直す必要があります。スピンの量子状態を用いた量子技術の実現に向けた材料開発、及びスピン量子物性の評価・解明に取り組んでいます。本研究は主にシカゴ大学(アメリカ)と密接に連携して進めています。

【参考プレスリリース】

  

  • ● 新機能スピントロニクス素子実現に向けた新材料開発

 新たなスピントロニクス素子の実現に向けては、抜本的に新しい機能性を有した材料の開発が必要です。これまで工学的には有効利用されていない反強磁性体などを作製してその材料が秘めた物性・機能性を明らかにし、新機能デバイスの原理実証を行っています。

【参考プレスリリース】

 

  • ● スピントロニクス素子を用いた環境発電

 Wi-Fiなどの通信用の電波はPCやスマホで利用しない限りは捨てられ続けています。スピントロニクス素子を上手に設計してあげるとこの捨てられている電波から電力を取り出し、IoT端末などを駆動することができます。2021年に私たちのグループはこのようなスピントロニクス素子を開発し、LEDを光らせる原理実証実験に成功したことを報告しました。なおこの研究はシンガポール国立大学との共同で行っています。

 【参考プレスリリース】