電気通信研究所 深見・金井研究室

研究

概要

私たちの研究室ではスピントロニクスの研究をしています。スピントロニクスでは、これまで別々に利用されてきた電子の持つ二つの性質 ― 電荷(電気的性質)とスピン(磁気的性質) ― を同時に利用します。これによって発現される新しい物理現象を明らかにし、高機能で低消費電力なエレクトロニクス、情報処理通信を実現することに貢献することを目指しています。具体的な研究として、主に以下の4つのテーマの研究を進めています。

スピン・軌道相互作用を用いた磁化の制御と不揮発性メモリ素子応用

ナノ磁性体の磁化(N極/S極)の電気的な制御はスピントロニクス研究の最も大きな興味の対象の一つです。2000年頃から様々な手法が提案、実証されています。そのような中、近年量子相対論的効果であるスピン・軌道相互作用を利用することで、電流によって効率的に磁化を制御できる(スピン軌道トルク磁化反転:右図)ことが示され、世界中で盛んな研究が行われています。
当研究室ではスピン軌道トルク磁化反転の不揮発性磁気メモリ応用を目指し、その磁化反転ダイナミクスやスピン軌道トルクの発現メカニズム、及び大きなスピン軌道トルクを発現する材料系などについて調べています。最近では超高速動作に適した新構造を開発し、その構造を用いることで0.5ナノ秒の電流パルスにて低い電流密度で磁化を反転させられることなどを報告しています。

[参考論文]

スピントロニクスの脳型情報処理・量子情報処理応用の研究

主なスピントロニクス研究の応用先として、ハードディスクの読み取りヘッドやデジタル集積回路における不揮発性メモリ素子などが挙げられます。しかしスピントロニクスには他にも多くの引き出しが用意されています。近年、既存のデジタル情報処理の限界を突破する手法として、脳型情報処理や量子情報処理などと呼ばれる技術が注目されていますが、私たちはこのような領域への応用に向けたスピントロニクス材料・デバイス技術の研究にも取り組んでいます。
例えば右上の図に示すように、反強磁性体と強磁性体を積層させた構造を用いることで、電流の大きさによってアナログ的に情報を記憶できることを見出しました。この性質は脳の中で記憶と学習の役割を担っているシナプスの性質と類似しています。私たちはこのことに着目し、他研究室と共同でこの構造を人工シナプスとして利用した人工的な神経回路網(ニューラルネットワーク)を作製し、脳の情報処理を模した数理モデルを用いて、連想記憶と呼ばれる画像の認識ができることを実証しました(右下図)。

[参考論文]

微細スピントロニクスメモリ(STT-MRAM)素子の開発とその物理機構の解明

現在の情報通信社会を支える半導体集積回路ではSRAMやDRAMなどの半導体メモリが用いられていますが、これらのメモリは現在微細化限界や待機時消費電力などの難題に直面しています。このような問題を解決する手段としてスピントロニクスの利用が有望視されており、その代表例であるSTT-MRAM(Spin-Transfer Torque Magnetoresistive Random Access Memory)は大規模な量産を間近に控えています。STT-MRAMの実現にあたっては東北大学電気通信研究所大野研究室が開発した垂直磁化CoFeB/MgO磁気トンネル接合が決め手となりました。
当研究室ではこのSTT-MRAMの今後の性能と集積度の更なる向上に向けたデバイス技術の構築や物理機構の詳細な解明にも取り組んでいます。最近では世界最小となる直径3.8 nmのサイズで非常に高い熱安定性(不揮発性)を有するSTT-MRAM素子を実現できる手法を明らかにしました(右図)。

[参考論文]

新規スピントロニクス物理・材料の開拓

優れた機能・高い性能を有するスピントロニクスデバイスを実現するためには、その根底となる物理的機構に関する深い理解や優れた物性を発現する材料が不可欠です。スピントロニクスは比較的若い研究分野であり、多くの驚くべき物理現象や材料が年々報告されています。当研究室では、新たなスピントロニクスの応用領域を切り拓くことを目指し、強磁性共鳴法などを用いた磁性体の高周波磁化ダイナミクスの解明、ナノスケール磁気構造の静的・動的な性質とその起源となる相互作用の理解、電界による電子構造の変化を介した磁気特性の変調、強磁性体・反強磁性体やそれらのヘテロ構造中を流れる伝導電子スピンと磁化との相互作用の評価、……など未開拓のスピントロニクス物理・材料に関する基礎研究にも精力的に取り組んでいます。

[参考論文]

    

[研究室紹介ビデオ1]